田中成道の日記

田中成道の日々の日記です。

YOUNG SEIDO(14) 最終回

暑い日々が続きます。
皆さま、体調管理
気をつけてくださいです。
僕は
ヘロヘロです。
今年はクーラー必要かもしれません…




さて、YOUNG SEIDO最終回です。









Yシャツのアイロンをかけライブハウスにむかう。
それが僕の毎日でした。




ライブハウスに来るお客さん達とも仲良くなって
休日に一緒に遊びに行く事もあったが
二十歳になるまでは歳をばらしてはいけなかったし
本音で付き合えなかった事もあったせいか
エディ以上に親しい仲になる友人はいなかった。


むしろ休日や仕事以外で人に会う時は
無意識に営業活動になっていた。
ライブハウスに飲みに来てもらうために
お客さんの勤め先にお客として行ったりしていた。


そのためか
人と人との関係の奥には
お金が関係してしまうと
思うようになり(それは自分がそういう価値観で動いているから)
しんどくなりました。




音楽で仕事するのって
こんなに憂鬱な事なのでしょうか…




ライブハウスはイベントをしたり
内地からバンドやアーティストを呼んだり
店内の音響工事をしたり
あれこれしましたが(ユタ(沖縄の霊能力者)を呼んだ時もある)
繁盛するには到らず
従業員総数での営業活動がやはり一番の売り上げとなっていたと思います。






お客さんにはエディの高校時代の友人達も来た。(昔一緒にフィリピンパブに行った事もある)
そしてこの日エディの友人達と
夏休みで帰省中のアミも客として来ていた。


エディの友人達はアミの高校の一学年上なので
その話で意気投合し
店内で一緒に飲み始める。


アミはエディの友人のトマリと仲良くなった。
僕は…
気にならないわけはなかった…










ステージでの自分がこんなにもピエロのように
感じてしまうのはなんなんだろう…
ステージの上はきらびやかなのに
現実には僕は存在していないかのように感じた。



自分には現実が無い気がした。
すべて捧げても何も残らないような
そんな虚しさを感じた。


ミュージシャンとして未熟じゃなくたって
恋愛は無理な話だったのかも。
僕は僕らしさも
趣味も
何にも無い。
魅力なんて無いし
誰かと積み重ねていく時間も無かった。







その日の営業が終了した。


僕は一緒に帰って行ったアミとトマリが気になった。

トマリの家に連れて行って欲しいと
僕はエディにお願いをする。



エディは
「(二人は)何もねーって」
というが、僕に気を遣ってるのだろう。
僕は事実を知って自分が傷つくのは分かっていたが
このまま帰っても気になって
ネガティブとポジティブが戦い続けて爆発してしまうのが怖かった。

真にエディにお願いした。

「家の前に行くだけだぞ」

とエディは車を回してくれた。






トマリの家は大きかった。
暗くて分からないが豪邸なのかな?




車から降りて入り口を探る。
エディが車から僕だけにしか届かない小さな声で
「門の階段上がってすぐ左の部屋どー」
と言った。


もう深夜4時を回っているだけあって敷地内は静かだ。
月の明かりをたよりに敷地を進む。
大きな窓がある部屋。
トマリの部屋だ。




大きな窓は部屋に直接入る玄関代わりにもなっているようだ。
窓の下には靴が二足置いてある…




目を疑ったが
そこには
スニーカーと女性用のヒールが置いてあった。







窓は開いていて
カーテンが揺れている。






その暗闇の奥から
くすぐりあうような
男女の声が
聞こえる。




声を潜めているけど
楽しそうな会話をしているのは
アミとカナリと分かった。






僕は月の光をあびながら…
このまま消えてしまいたい感覚に襲われた。


やっぱり僕には何も無かった…






車に戻る僕は隠れる必要もないくらい
生気を失い、
物音を鳴らすことが困難なくらいに
力を失った。






僕が記憶してるのはここまでで
この後、僕を気遣うエディのほうが大変だっただろうなと思う。
本当にありがとう。










「僕」は普通の生活がしたいと思う。
普通に恋がしたいし
遊びたい。


「音楽」も
僕には才能がないのがよくわかった。
もう音楽なんてしたくない…
僕にとっては苦しい存在になっていた。





ただし、
どうあがいても
ライブハウスを辞めれないのは分かっていた。
必ず止められる。必ず説得される。
「いなくなる」事でしか
辞められない。




僕は新しい従業員の女性に
ピアノ経験者がいるのを知っていた。


僕がいなくなっても何とかなる。




僕は
「いなくなる」
準備を進めた。




部屋の掃除(アパートはオーナーが借りていたもの)、書置き。
返品しなければいけない物はライブハウスへ。
ステージピアノ、オルガンなどはもう音楽を辞めるので
僕には必要なかった。






僕はすべて捨ててしまった。
リュック一つだけになってしまった。



なんだか
簡単に帰れない気がしていた。
誰かが追いかけてきて
掴まって
いつもの生活に戻るんじゃないかとゆう不安があった。





大阪に飛行機が着く。




T-シャツでは寒かった。
本当に同じ国なのか…
そして今までの生活と比べると
大阪は怖ろしく都会だった。



それ以上に
ライブハウスがどうなったか気になってしょうがなかった。




僕はやってしまった。




逃げ帰ってきた。




何も言わずにいなくなってしまった。
19歳だろうと罪は大きい。
いままで急にいなくなった従業員を何人も見てきたが
自分が同じことをするなんて。




お世話になったリーダー、ごめんなさい。
僕は
毎日が辛かった。
誰かに存在を認めてほしかった。


僕が存在する場所は
ステージにも
街にも
誰かの心にも
無かった。
だけど命ごと消えてなくなる勇気はなかった。












以後、僕の夢には
石垣島の街やライブハウスが何度も登場する。
夢の中では
陸続きで石垣島に行け、
この日記を書いた朝にも
ライブハウスにいた時のメンバーと演奏している夢を見た。




僕の中では一生消えることがない時間。





永遠に僕は夢の中で演奏し続けるのだろう。





夢は僕とともに成長を続け、





最近では夢の中で僕は





笑顔で演奏している。















YOUNG SEIDO(石垣島編)





























〜その後〜

数日後リーダーと電話で会話。
事後ではあるが
ライブハウスで働く事が出来ないと伝える。
リーダーは
16歳の時から働いている僕がいなくなるなんて思ってもいなくて
とてもショックだったようです。
この時の罪悪感はいまだに消える事はない。




翌年僕は結婚し新婚旅行で石垣島のライブハウスに訪れました。
ウエイトレスだった女性はピアノ奏者としてステージに上がってました。
僕はリーダーやエディと朝まで飲み明かした。


次の日、車を借りてタバコ農業をしていた村へ行く。
売店には見知らぬオバちゃん、
そして農業の時期も外れていて
誰にも会えませんでした。


タバコの農場に行ってみる。


もちろんただの荒れた畑が存在するだけ。

イツオさんと行った丘、そこに行ってみる。
そこで転がってる石を拾って割った。
水晶だ。


良かった…
実在していた。
僕はここで働いていたんだ。
しばらく思い出にひたる。




……
……
車から呼ぶ声がした。

戻らなきゃ。
さよなら
石垣島


もうここで暮らす事はないだろうな。











おしまい